赤坂の社畜が会社を辞めて岐阜まで旅をしてみた 第4日目

これは赤坂の社畜が会社を辞めて岐阜まで旅をしてみた 第3日目の続編となります。

そして、あまりおもしろいことがなかった・・・。

雨が続く、帰京を決意

朝起きると、雨、雨、雨、待てども暮せども雨。天気アプリもあと3日は雨との予報が続いていた。

・・・

・・・・・・・

雨ですやん
雨ですやん

・・・帰ろう。東京に。五本木に

これ以上粘っても、キャンプ場に俺より強い女は出てこない。ってか多分みんな街で働いとるぞ。

昨日の晴れ間が嘘だったように曇天が続いていた。BBQ小屋で、残りの食料を全て食べて、それからイソイソと撤退準備。

「俺はとんだ雨男だなぁ・・・」とか思っていた。

社会人やってた時も、何故か楽しみたい旅でいつも雨がふる。

ここから6時間を超える長時間運転なので、コーヒーを3杯くらい飲んだ。
くるみ温泉キャンプ場にはタダで使える部屋があって、そこにコーヒーやらお茶やらお湯が完備されている。

脱サラしてキャンプ場を継いだオーナー

帰り支度をイソイソと終えて、忘れ物がないか確認していた。そこにキャンプ場の主人がやってきた。

主人「お、もう行く?」
ぼく「はい・・・、天気が回復しそうにないので・・・」
主人「確かにツイてないねぇ」
ぼく「でも、ここ安いしすごいサービスしていただいたのでまた来ますよ、環境がすごい整ってるし」
主人「ありがとう。僕もね、東京で働いてたんだ」
ぼく「ホントですか、僕もついこの前まで赤坂の近くで働いてて、4日前に退職してこの旅してるんです!」
主人「お、いいね、じゃあこの旅はまだ駆け出しだ」
ぼく「そういうことになりますね」

そのおじさんは、昔からキャンプが好きで東京からわざわざこのくるみ温泉キャンプ場に来ていたらしい。
でもある日、キャンプ場のオーナーが亡くなり、その息子さんが働きながら二足わらじで経営を続けた。それもうまくいかず、閉園の危機に陥っているということで、通いつめていた現在のオーナーさんが仕事まで辞めて引き継いだそうだ。仕事を辞めて。

広告マンだったようだ。

あれは話聞いてるとD通か、、、H堂出身なきがする・・・。D通の伝統の儀式の話を知っていたから、多分。。。いや断定できない。
まあ要するにイケイケのサラリーマンが、飛騨高山の山奥で今楽しそうに暮らしているのである。

とにかく優秀な営業マンだったらしいというのを感じた。

「皆、春の長雨は、花散らしの雨と言って疎んでるけど、本当はそうじゃないんだよ。この長雨が山の残雪を溶かすから里にキレイな水が流れてくる、そうするときれいな川にしか住まないアマゴとかヤマメが帰ってくるの」

「なるほど」

「確かにキャンプを楽しむのは難しい状況だけど、今年は長雨のおかげで川がキレイ」

などなど、いろいろと話し込んだ。

主人「若いうちに気づけてよかったねぇ」

ぼく「いや、僕はただやりたいことをやって生きたいと思っただけですよ」

主人「嫁も取れなかったけどさ、逆に嫁が居ないからこうやって山奥でキャンプ場ができるんだよ」

ぼく「!!・・・私も、嫁もいなければ彼女もいない、いまだ!!って思って会社辞めたところあります!」

主人「君まだ若いから、いくらでも彼女はできるし、きっとそういうのが好きなひとに出会えるよ」

ぼく「・・・それをここまで探しに来たのですが、この天候では・・・でもまた探しに来ます。また泊まりに来ます」

主人「ありがとう、ありがとう」

そんなこんなで残った薪を車に詰め込んで発進した。

ワタナベさん、ありがとうございました!!

地獄の6時間

9:00,高山から発進、残雪と霧が立ち込める道。
ハイビームをチャカチャカ炊いては自分の存在を知らしめる。
アイスバーンは当たり前で、何度か後輪が滑っているのを体感できる。

時速30キロで高山を越えて、下呂を掠めて木曽路についた。

あとは標識のない道を60キロで駆け抜ける。

途中松本ナンバーに煽られまくった。こっちは法定速度の60キロを維持しているが、向こうはどうやら追い抜きたい、しかし追い抜き禁止の黄色線。
ちょっとスピードを上げてもまだ後ろにピッタリ。ナンバーがよく見えるのでチラチラ確認して記憶した。後にiPhoneのメモアプリにナンバーを記録した。

松本500。は-56-XX

延々と1時間煽られた。わナンバーだったから煽ってるんだなって感じた。

最終的に道を譲った瞬間90キロはあろうかというスピードで通過した。何キロくらいだしてるんだろう?という興味本位で少し後ろについたけど90は確実に出ていて、振り切って逃げた。自分のメーターが90になった瞬間追跡を辞めた。
車が少ない直線といえども制限速度を完全に上回ってる。

松本民っつーのは恐ろしいんだなぁと思いながら車を走らせた。

そして30分走ると、先程1m以内に接近する煽りを見せた松本ナンバーのトラックがまたいた。

制限速度ギリギリいっぱいで走る軽トラックにピッタリ付いている

しかも何度かチャカチャカ煽っている。完全に「どけ」という感情だ。

「軽トラのおっちゃん、くじけるな!!」

と思いつつ援護の意味もこめてこっちも60キロで後ろに続いた。黄色の線の意味だけは理解していたようで、無理な追い越しはしなかった。

その攻防が1時間ほど続いて、結局は煽りまくってた松本ナンバー車両が左に折れて終わった。

法定速度を守り続けたおじいさんに敬礼!!

高速までひたすらのらりくらり

煽りだけがオラついてる松本ナンバーを撃退した軽トラックにずっとついていった。
1時間くらい。延々と山道。

雨ですやん
諏訪PAで休んだ

高速だ!!

そんなこんなで高速に入る。
法定速度でのらりくらり。
延々と東京を目指して走る。それしかない。もう無心。
いったいいくつの車両に抜かれたか。

バイクの高速走行の鉄則左キープレフトを意識しつつ走る

東京

この旅は結局なんの成果もないまま終わろうとしていた。松本ナンバーのナンバープレートだけしか得ることがなかった。
俺より強い女は岐阜にはいない。
もうこのままあのクッソ煽った松本ナンバーにでもお金払ってもらおうか。

などと考えながらほぼ無心で東京についた。五本木の自宅に道具を全て置いて、ガソリンを満タンにしてニコニコレンタカー用賀店に返す。

帰り道に思った、「なんだかんだ楽しかった。雨も楽しい」

そう思った4/8の夜であった。

以上、

赤坂の社畜が会社を辞めて岐阜まで旅をしてみた シリーズでした

あまり面白くなかった

参考:
飛騨高山 くるみ温泉キャンプ場

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