六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 5日目 ―最終話

この物語というか、実体験は間も無く終わりを迎えようとしている。

これまでのあらすじ
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 1日目
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 2日目午前
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 2日目午後
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 3日目
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 4日目

思えば2014年夏である。これを執筆している時点で2年の時が経ってしまっている。まるで短い映画のように時間をかけて、一話一話綴ってきた気がする。
このシリーズの記事の公開にあたっては、たくさんの人から感想・意見を頂き、恐悦至極、感謝しかない。このシリーズを書き終えても私はまたどこかに冒険に出かけたい。それが今回のような反響を生まなくても、一生懸命、体験していきたいと思う。

現時点は静岡県のホテルルートイン御殿場。
この旅の最後の一日が始まった。

雷鳴轟く、富士の裾野を駆け抜ける

朝目覚めると曇天であった。ビジネスホテルのテレビでは「豪雨、雷雨に注意」という警報が流れていた。「特に山間部では雷雨にご注意ください」などとお天気お姉さんが言う。どう考えても、現時点から原動機付自転車で実家に帰るには不都合な条件である。というか危険である。

しかし!

代休がなくなっているのである!!

その日実家に帰らなければ無駄に「有給」を失うことになっていた。このままではタイトルの通り「代休を駆使して〜」ではなくなってしまうのである。
雷鳴轟くなか、果たして私は原付のエンジンに火を入れたのである。

御殿場のビジネスホテルから実家までは、富士山と愛鷹山の間を抜ける、国道469号線を抜けるほかなかった。

そこは雷雨轟く道であった。

雨合羽を大粒の雨が叩きつける。次第に雨脚は強まり、合羽の下まであっというまに水に浸った。
でも前進を続けるしかない。一度この道と決めたのであれば走り抜けるまでである。

横風も凄ければ、雷鳴も間近に聞こえた。

途中何度か木の下でタバコをふかしつつ、豪雨をやり過ごす。

近くに

どんがらがっしゃん

即座に木から離れて原付で逃げた。
稲妻が近くの木に落ちたようである。

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途中着替えたりする。
しかし、前日より服を乾かしていないことに気づく。それでもいくらかマシであった。合羽はもはや飾りになっていた。

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途中、道を間違え、静岡方面に向かってしまう。

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ここでしばらく休憩。田舎でよく見る野菜の自動販売機があったが、全て売り切れていた。恐らくこの養鶏場の卵を販売しているのであろうが、人気のあまり在庫が尽きたか、しばらく補充されていないのかわからなかった。もしあれば買い求めて英気を養いたいところである。

もと来た道を戻り、分岐点に戻ってはiPhoneで地図を確認した。途中に富士サファリパークを見つつ国道469号線を駆け抜けた。

雷鳴はもう鳴り止んでいた。

若獅子神社に参拝する

雷鳴の469号線を通り抜けると、低い雲が所々に点在している小さな平原に出た。469号線に交差する国道139号線を北上した。

途中、コンビニにて小休止をとる。その時、近場の神社に旧日本軍の戦車が祀られているという情報を得る。実は戦車とか戦闘機とかそういうものが大好きな私はすぐさま向かうことを決意し、発進した。

程なくその神社の近くにたどり着き、迷いながら目的の神社「若獅子神社」の敷地に到着した。敷地はかつて戦車の訓練場として使われていたらしい。

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果たしてそこには、鉄の塊が鎮座していた。

ところどころに弾痕が残るその損傷ぶりからは、かつての戦いの激しさが伝わってきた。

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この戦車は1944年、サイパン島の戦いで使用された97式中戦車、通称チハ車である。戦争が終わって長い間サイパンの土中に埋まっていたものを掘り出し、帰国させたものらしい。
二十歳満たない少年戦車兵がこれに乗り戦っていたのである。その最期は分からないが、正面向かって右側の大きな弾痕はバズーカ砲によるものだろうか。

当時の他国の戦車に比べて、最大装甲25mmという薄い装甲の戦車であるが、その佇まいは重厚である。

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最後は何を見ていたのだろうか。

私と同じように戦車が好きな青年とそこで出会い、Twitterアカウントを教えあった。その青年に写真をとってもらった。原付で伊豆まで行き、今はその帰りであることを伝えると驚かれた。いい温泉のある場所を教えてもらった。

いずれにせよ、先人に感謝し、省み、この世界の平和を祈るばかりである。

ラストスパート、精進湖線を激走

激走といっても原付なのでそんなにスピードは出せないのだが、旅はラストスパートを迎えようとしていた。

青年に教えてもらった温泉に入り、戦塵を落とすと精進湖線まで向かった。ここからは後ろから再び迫ってくる雷雨との勝負となった。

精進湖線をとにかく北上する。後ろを振り返れば曇天が迫り来ている。愛機であるホンダDioのエンジンも最後の力を振り絞っているように思えた。途中何度も車に抜かれながら・・・。

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途中精進湖にも寄って一服したが、南の方角から雷の音がするので慌てて走り出す。

間も無く甲府市である。

帰還

精進湖からトンネルを抜けるとそこ甲府市だった。甲府市といっても、南側は山間部なのでまだ安心はできない。地元のヤンキーが乗るスクーター軍団に追い抜かれたりしてヒヤヒヤする。ここからは下り坂なので車もスピードを出して下ってきた。「ヒュン、ヒュン」耳をかすめる勢いで追い抜かれるから怖い。

甲府市中道の付近のコンビニでiPhoneマップを開く。実家まであと20キロ程度の地点まで来ていた。

家族には

「もう間も無く帰還する」

とメールを出した。

ポツポツと雨が降り出してきたため、また急いで原付にまたがり発進した。
走ること1時間。旅の思い出を反芻するよりもとにかく無事に実家にたどり着くことを考えていたと記憶している。

とにかく走った。

無心に実家を目指していた。

そして、ついに、

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生還した。

事故を起こすこともなく、怪我をすることもなく。

実家のソファに座ると流石に疲れがどっと出た。しかし家族は近所のお祭りに出かけているということだったので、久々に自分の足で歩いてその神社に向かった。
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酒は飲み放題だった。バケツからビールを取ると、旅では飲めなかった酒をグビッと飲んだ。

人生史上最高の喉越しであった。

この5日間の旅のことをようやく反芻しながら、しみじみとビールを飲んだ。
祭囃子に伊豆で出会った女子高生のことを思い出していた。

後日、このシリーズのあとがきを書こうと思います。

これまで
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 1日目
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 2日目午前
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 2日目午後
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 3日目
六本木の社畜が代休を駆使して原付で一人旅に出てみた 4日目

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