赤坂の元社畜が嫁を探しにインドまで来てみた 第3話

この実話は赤坂の元社畜が嫁を探しにインドまで来てみた 第2話の続きとなります。

ジャイサルメールに到着していろいろあったあと爆睡。そして朝を迎えます。
この日はShaitan Sodha(セタン・ソーダ)氏の兄弟の結婚パーティに出席です。
以後、このインド人の友人をセタンと書くことにします。





セタンと再会 完全に定員オーバーのジープ

午前中はジャイサルメールの城塞をうろうろと観光というか散歩して過ごしたあと、14:00にJaisalmer FortのFirst Gateにて待ち合わせ。

最初はセタン本人が来ると思いきや電話が。

「今から白い服着た人いくからその人についていって」と言われ、たしかに上下白い服を着た男二人が手招きしていたのでそれについていく。
とはいえ、インド初めてで、いろいろチーティング(不正行為的なこと)が多いと聞いていたので警戒しつつである。

とことこついていくと、ジープに十数人が乗っていて何やら荷物を載せている現場についた。
その中の一人が笑顔で手を振ってくる。誰だこいつ・・・?みたいな感じで近づくと

「ショタロ!!わすれちゃったの!!おれだよ!!」

こ、この日本語の話し方は?!

よく見るとセタン!

顔が違いすぎる!!白髪が増えて更に顔面ヒゲだらけになっている!!
ちなみに最後に日本で会ったのは6月の初旬くらいのことであった。初めて会った時も「こいつ老けてんな」という印象だったが、ヒゲもそんなに生えてなかったし、髪ももう少し黒かったような・・・。

という感じで、最初セタンに気づかなかったものの、ついにインドで再会を果たした。

ぼく「え?!セタン?!うわー全然気づかなかった!!また老けたね」
セタン「インドかえってきてから結婚式の準備でいそがしの、だからヒゲそってないの」
ぼく「なるほど」
セタン「いま買い出ししてー、村にもどってー、パーティの準備するの」
ぼく「ほう」
セタン「ジープのって」

言われるがままにジープの後部座席に乗り込んだら、その後部座席に更に4人入ってきた。いやいやいや定員オーバーだろ。
セタンは運転席に座るが前の席もセタン含め3人いる。どうやったらそんなに座れるんだ。

15人以上は乗ってると思われるジープで砂漠の一本道を80キロ

さらにそのジープは荷台付きで、荷台には先程まで荷物を積み込んでいた10人ほどがひしめき合って乗っていた。

ぼく「これ皆セタンの親戚?」
セタン「うん、いとことかー、きょうだいとか」
ぼく「多くない?!」

あぁ、これ業者とかじゃなくて、親戚なんだ・・・。

その後おつかいに行っていたという10歳くらいの子供が更に後部座席に入り、

車内に9人
荷台に10人以上(ちゃんと数えてないから不明)

ぼく「ここからセタンの実家ってどれくらいなの」
セタン「40キロ」
ぼく「はっ?!」
セタン「だいたい40分くらいでつく」
ぼく「」

てっきり、ジャイサルメールの町の中に実家が思い込んでると思っていた私は、この時初めてエラいことになった・・・と思った。

ジャイサルメールの町を離れると、後は一本道、両脇は完全に砂漠である。

砂塵吹き荒れる一本道をセタンは時速80キロで走る、上り坂下り坂の連続もお構いなし、砂利道もお構いなし。

荷台の人たちがものすごく心配になって後ろを見るが、みんな楽しんでいるようだった。

40分ほど走ると、セタンの村に着いた。

周囲は砂漠だった。

バラナ村に到着、パーティの準備

なにやら建築中らしい家に招かれた。近くにはたくさんのヤギやら羊やら牛が、普通にその辺を歩いている。時々孔雀も出てくる。完全に動物園。
(ジャイサルメールの町には牛や野犬がたくさんいて、時々イノシシも歩いています)

そこで片言の英語で「テイクレスト!」とセタンの親戚に言われ、何人もの屈強そうな男の座る部屋に座らされ、チャイを飲まされる。

男たちはせっせと買い出しした食材を切り刻んでは私を見てニヤニヤ。

「これくってみ」と緑色の大きな唐辛子を渡されて、食べてみた。
最初はそんなに辛くないな・・・と思っていたら、

ううぇええええええええええええええええええええええええええええええ

完全に喉が死んだ。辛いとかそういう次元じゃない。ここはインドだ、スパイスの国だということを忘れていた。
Water!!Water!!と言うとそれを見越していたかのように子供が冷えたボトルウォーターを渡してきた。

もう親戚一同爆笑である。

ガチの青色唐辛子

その後は子どもたちにからかわれたり、大人たちに片言の変な英語で話しかけられたりです。
準備手伝おうか?と言っても「あんたはゲストだから座って休んでろ」と言われたので、外で子どもたちと遊んでいました。

そのうちセタンがやってきて

セタン「いまからー、ヤギころしてー、肉つくるの」
ぼく「え、それって屠殺ってこと?」
セタン「そう」
ぼく「わーお」

そういうと彼は屠殺に使うであろう、なにやら伝統的そうなブレードを持ってきた。




人生初、生の屠殺を目撃

子どもたちに手を引かれて、家の裏につれていかれた。

おそらくセタンの一族が管理しているであろうヤギ小屋?から一匹の黒ヤギが男たちに連れ出されてきた。

そして黒ヤギの前足を縛り、なにやら喋っていた。

子どもたちも何故かそわそわしている。そして、いよいよというときに子どもたちが「みて!みて!」みたいなヒンディ語で黒ヤギを指差していた。
私と子供達はだいたい15mくらい離れたところからそれを見守る。スマホでムービーを取りながら固唾を飲む。

このあとこの黒ヤギは何かを察したように前足をかがめる

そしてセタンの親戚の男が何度かの素振りのあと、たかだかとブレードを掲げた。
もうカメラ越しでしか見たくないのでカメラ越しに見ていた。そして男がヤギの首めがけて剣を思いっきり振り下ろした。

ドッ

という音が印象的だった。見事に一撃でヤギの首は落ちた。

しかし、首を失ったヤギの身体はまだ激しく動いていて、逃げ出すかのように足をばたつかせていた。それを屈強そうな男達が押さえつける。
子どもたちは「Waaaaaaaao!!」とか言って興奮してた。木の枝を持って屠殺のマネをする子供までいる。

そうか・・・、この子達はこういうの慣れてるんだな・・・としみじみ思った。

男たちに押さえつけられながらもまだ必至に足を動かす首なしヤギを見て思った。

なんという生への執念だろう。
ちゃんと「いただきます」と「ごちそうさまでした」が言える人間になろうと。

ロイヤルエンフィールドで砂漠を疾走、そして宴会へ

ヤギの肉の下処理を見守ったあと、今度は大人達に連れて行かれて家に戻る。
いかにも辛そうな、真っ赤なスープを大きな釜で茹でている男達がいる。

私はセタンのロイヤルエンフィールドというインド産バイクを試し乗りしたりして過ごしていた。
砂漠をバイクでブウウウウン!!するというこの旅の第一目的が果たされた。
ロイヤルエンフィールドは350ccで、クラッシクタイプのかなり大きなバイクだ。エンジンの音がものすごい。ババババババ!!という音がする。

ロイヤルエンフィールド、350cc、エンジン音が気持ちいい。

日本のHondaFTR乗りにとって最初はかなり戸惑う車体だが、慣れるとエンジンの振動が気持ちよくなる。
※もちろん国際運転免許を持ってるので大丈夫です。その件はこちら参照(国際運転免許証が超あっさり取れた@東京都)




そのうちどこからともなくインド産のビールが運ばれてきて皆飲みだした。私も勧められて飲んでみた。結構うまい。というかここ3日酒が飲めなかったのもあり格別だった。

何本か飲んだ時にセタンに聞いた。

ぼく「あのさ、俺いつホテルもどれるの?」
セタン「? もうもどれないよ」
ぼく「」
セタン「ここに泊まるの」

そういうのは早めに言ってくれ・・・




盛り上がる宴会、そして酔っ払う

セタン宅に泊まるということになったので、いろんな人達と会話をしながら気兼ねなく飲んでいた。

ぼく「これで親戚ぜんぶ?」
セタン「ううん、まだいるよ。あとで100人くらいくるの」
ぼく「」

さすがインドの結婚式、規模がデカイとは聞いていたが・・・

ところで、ここまで大人の女性が出てきません。女の子はいるけど・・・

その理由を親戚の人に聞くと、
「インドではこういう場に女性は出てこない、そういう文化、だから宴会でも女は部屋にこもっていて、必要に応じて食べ物や飲み物を持ってくる。男は外で飲み、女達は部屋で食事をしている」
ということだった。完全にセパレートされていたのである。道理で大人の女性を見かけないわけだ・・・。

チャパティ
チャパティとヤギ肉のカレーらしきもの

ん?あれ?それだと嫁探しできなくない?

そのうち婿がやってきて、村のエラい人たちやら、更なる親戚が集まってきて、民族音楽的なものを演奏しだした。

婿がやってきて「はるばる日本からありがとう」的なことを言われた。

セタン「ショタロ、お金、気持ちでいいから」
ぼく「え、あー、ご祝儀か・・・あんまり手持ちないけど、20米ドルでいい?」

と言ったら会場が盛り上がった。

セタン「ドルならすごいよー!!ありがとー!」

どうやらドルの方が喜ばれるらしい。
その後も地元のウィスキーを飲まされて酔っ払って、屋上に逃げ登って涼んでいた。するとまた酔っぱらい男達がウィスキー片手に屋上に登ってきて飲まされた。
そしてたくさんの質問攻めに遭う。

「名前なに?」「国どこ?」「何の仕事してるの?」「名前なに?」「日本のどこに住んでるの?」「名前なに?」「結婚してる?」「兄弟何人?」「名前なに?」「名前なに?」「彼女いる?」「名前なに?」「名前なに?」

名前聞きすぎだろ・・・

後ほどセタンに聞いたところ、インド人は名前を覚えるのが苦手だそうだ。だから何度も名前を聞いてくるらしい。
私自身、50人以上の同じような顔をしたインド人達に名乗られても覚えられないので諦めてるくらいだから他人のことはいえない。

砂嵐の中で眠る砂漠の民達

そんなこんなでどんちゃん騒ぎが深夜まで続いた。

気がつくと皆各々ベッドを取り出して外に並べて寝転がりだした。
私もなぜかそのベッドに連れて行かれて更に飲め飲め!!と言われていた。
もうセタンの親戚達も泥酔していて、英語ですらなくなった。ずっとヒンディ語でからかわれたりしていた。

そのうちセタンに呼ばれてアレやこれやと話をした。名前を覚えない件もここ聞いた。

そして「ショタロ、ねる?」と言われたので外のベッドでいいよ!というと

「今日はSand Stormだから、部屋の中で寝たほうがいい」

と真顔で言われた。Sand Storm、つまり砂嵐。

確かに風が徐々に強くなっていき、そこらじゅうで砂の竜巻が発生し始めていた。

インド素人かつ砂漠童貞だったので素直にセタンの言うように屋根と壁つきの部屋で寝ることにした。自分ひとりだった。

窓から外を見ると砂嵐はいっそう強さを増していて、時々あたりが見えなくなるくらいだ。
後に知るが、6月~7月初旬あたりまでジャイサルメールはものすごく風が吹くらしい。
そんな中で眠るセタンの親戚達はさすが砂漠の民である。

ああ、結局花嫁の姿みてねぇや・・・と思いながら私は眠りについた。




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