とにかくすごかった半年の放浪 〜その始まり〜

2017年4月、それまで務めた会社を退社。

もともともう少しし小さい規模のサービスや開発の成長を見ていきたい、という思いがあって退社の決意は既にリーダーに伝えていた。
そこに来て、2016年12月右足第三度熱傷、一時歩行すらできなくなり、一人暮らしの家でただただ薬を飲む日々が続いた。更に、その熱傷痕から侵入したであろう正体不明のウィルスに内蔵を侵される。

決定打はウィルスでした

やけどから復帰して1ヶ月全力で職場で戦おう、取り返そう、というタイミングで、まさにHackDayスタッフをしていた時に正体不明のウィルスはやってきた。

ウィルスというのは、例えばC型肝炎、とか名の知れている、研究の進んだウィルスに対してはいわゆる特効薬があった。だが私が受けたウィルス性内臓障害の場合、種類が特定できず、

とにかく
自分自身の身体の免疫力で排除する
しかない。

ウィルスとはあまりにたくさんの種類があり、中にはどう対応していいか分からないようなウィルスの方が多い。特定が難しいらしい。その中でも正体不明、抗生剤もなにも効かないタイプのタチの悪いウィルスに感染していたのだ

最初はインフルエンザの疑いということで、タミフルやリレンザまで試したが、全く症状が変わらない。食べ物も水もすぐに吐き出してしまう。人生初の点滴。一時的に熱が下がっても、すぐに39度台の熱がまた襲ってくる。人生で初めて「やべ、俺死ぬかも」と思った
ある程度熱が下がり、仕事に復帰した。働けなかった分必死で取り戻そうという努力をした。これがまたいけなくて、午後になると38度台の熱がまた襲ってくる。頭はクラクラするし、もちろん普段のパフォーマンスなんか出ない。
免疫力が低下しすぎて、身体が急なストレスや動きについてこれずにウィルスが盛り返す、といった状態だ。悪循環に陥っていた。

そして決意した

「もう、一旦全部リセットしよう、会社辞めて、ストレスのない世界に行こう。これ以上会社に迷惑をかけることは自分の理念に反する

そして人生初の「退職願」を書くことになった。筆ペンでそれっぽく書いた。




病床からリーダーにその旨を電話。次の日に頑張って出社して、正式に手続き。自分の書いた退職願は実は必要なくて、会社で決まったフォーマットがあるということでその書類にいろいろ書き込んでサイン。
その日もまたすぐに熱が上がって38.9度を記録。はやばやと退社。

ストレスに対して身体がついていけない、「鬱」とは多分違っていて、本当に身体がストレスによってできる物質に対して抵抗できていない状態にまでなっていた。周囲からも心配される状態になり、またチームに貢献できていないじゃないか!というストレスが更に積み重なった。出社すれば午後にはまた頭がぼーっとしてきて熱を測れば38度を超える熱が出ている。もう身体が、精神がズタボロだった。

退社、そして、回復する

そして2017年4月4日、退社。人事の不手際も重なってものすごいバタバタ退社。同僚いわく「こんなにバタバタ退社する人初めて見た」と言わしめるほどの退社劇だった。
足のやけどは結局大きな傷跡として残り、内蔵もウィルスにやられてボロボロのまま退社した。

そんなこんなで、退職し、そこから「とにかく自分のやりたいことだけをやる」ということを続けた結果、体調も少しずつよくなり(もちろん薬とか飲みながら)、それまで自分の心にかかっていたモヤが一気に晴れて行った。

ソロキャンプが大好きな私は、とにかく一人で、山にこもった。
愛車のHondaFTR223にテントと寝袋と釣り道具を持って。
食料は最低限だけ持って、あとは現地でフキノトウを採取したり栃の実を採取したり、そして大好きな渓流釣りに没頭した。
餌は現地の虫、これが一番釣れる。釣具店で買うブドウ虫には限界があるが、現地で生きる魚には現地の虫が完璧に合う。

蛇石キャンプ場で釣った天然イワナ
蛇石キャンプ場で釣った天然イワナ

イワナはめちゃくちゃうまい。

もう原始人になろうかという勢いで「東京」から離れた

それが功を奏したのか、内蔵も復活し、ウィルスによる高熱からも解放されていった。

現地で釣れる魚はうまい。というか釣った魚はうまい。コレしか食料がない、取れなければ空腹と戦うだけ。明日はどうやって生き抜くか?など考えながら眠る。ありとあらゆる知恵をめぐらして眠る。

まさに「生きる」ということを体感している。これはやった人間にしか分からないし、もっとすごい奴を見てみたい!という気分にすらなる。
それが、2017年に会社を辞めてから思った前半戦である。
ちなみにこの戦いは4部作になるくらいドラマチックなエピソードがあります。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です